2008年12月19日

ストーリー性

今まで、あまりストーリーを考えて小説を書く、ということをしていませんでした。

大体の流れは考えるのですけれど、ストーリー自体を磨こう、という意思に欠けていた、というか。辻褄を合わせるだけで精一杯、というのが正直なところですけれど。

それに、自分がそういう視点で小説を読んでいなかったからということもあります。

コンテンツ重視の視点でしたから。

ただ、最近、ふ、とストーリー重視の視点に自分がなって、あ、面白い、と思ったんですねー。

それと同時に、自分の作品をあまり客観的に見れていなかったなぁ、と思いました。客観的な視点を、持てているつもりだったんですけどね。大体、わたしは自分に対する見込みが甘いです(笑)。しっかりしろ、自分。

小説だけではなく、人の創る作品に触れると触発されると同時に、学ぶところが多いです。良いところも悪いところも。

エンタテインメント、ということを考えるならば、もっとストーリー性という部分も磨かなければな、と改めて思ったしだいです。

悩んだり落ちこんだりの毎日です。

今年もあと少しだ。がんばろう。

2008年12月12日

頑張っている人。


頑張っている人を見ると、わたしも頑張ろう、と思います。

頑張るのが苦しいときもあります。
もうやりたくないな、とか。
やる気がでない、とか。
頑張ってもどうにもならないよ、とか。

でもそういう時が頑張りどころなのかもしれないです。
後で、そこで『頑張らなかったこと』が自分への言い訳になってしまうので。
そうやって言い訳が出来てしまうと、前に進めない気がするのです。

頑張っていないと不安になる、というのも本音ですけど。

怠ける時もありますけど(笑)。

まだまだ、自分に頑張れる余地があるなぁと思って。
それを自分で知っているのだから、後は頑張るだけなのですよね。

うん、頑張ろう。

2008年12月 1日

京都、仁和寺に行ってきました。

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先日、京都の仁和寺に行ってきました。

冷たい雨に一時降られて、時雨という言葉が思い浮かびました。

雨降ってきちゃったよ、がーん。とか思っていたのが(笑)、時雨という言葉を思い出した途端、何だか情緒を感じたりして、雨の紅葉も綺麗じゃないか、なんて。

言葉ってやっぱり良いなぁ。

もう12月ですね。早いものです。今年を振り返る余裕もなく、来年のことで頭がいっぱいです。早く来年になってほしい。いえ、あまり早く来られても困りますけど(笑)。

寒いですけど、こたつむりを卒業して、外に出て写真の腕も磨きたいです。左の写真はケイタイですけど、せっかく買ったデジカメをあまり活用していないので。

2008年11月28日

他人に伝えること。

その難しさを、今日、改めて痛感しました。

何があったかは書けないのですが、思うように言えなかったことが、本当に悔しかった。弁舌巧みになろうなどとは考えませんが、自分の思っていることくらい真っ直ぐ伝えられる言葉は持っていたいものです。真っ直ぐ言えるくらい、強くなりたいです。

ああ言えば良かった、こう言えば良かったって、後からならいくらでも出てくるんですけどね。全部言い訳です。こうと決め付けていたり、思い込んだりしている人に、私が言いたいことはそうじゃないんですって、理解してもらうことは本当に難しい。でも、言いたい言葉が捕まえられずに、曖昧に頷いてしまった自分が悔しいです。

ああ悔しかった! もう同じ失敗はしないです。妥協とか協調性とかとは、また違う次元の話で、貴方の考え方もあるけれど、自分はこう考える、ということははっきり伝えるべきですね。その土台があった上での妥協であり協調性であると思います。こうして書いてみれば当たり前のこと。それがなかなか難しいものです。

2008年11月26日

引き換えにするもの

暖かい部屋の中の幸せ(ハート)。外が寒いから余計にね。

自分のやりたいことだけやれたら良いですけど、なかなかそう上手くはいかないです。他人との関係に波風を立てたくはないけれど、そのことばかりに気を遣っていては自分のやりたいことが出来なくなったりします。

どうしたらよいのかなぁ、とたぶん答えを知りながら考えています。

常に決断を迷わせるのは、他人との関係、自分の見栄やプライドです。わたしの場合。そんなもの、と切り捨ててしまえないのですね。そこが弱いとこだな、と時々思うのですが。

今もまだ悩んではいるのですが、一足飛びに行き着きたいところへ行かなくていいじゃないか、と考えられるようになりました。じわじわと近づいていけたらいいじゃないか、と。遠回りだと思うし、時々イライラもしますけど(笑)。

ただ、忘れたくないのは、選択するのはいつだって自分だということ。誰かのためにとか、誰に迷惑をかけたくなくてとか、他人のせいにしてはいけないです。時々思い出しては、気をつけよう、と肝に銘じています。

2008年11月21日

やる気がでないとき。

最近は、スパゲッティブームです。自分の中で。今日はナポリタンを作ろう。バターを入れるとおいしいです。

もう全然、動く気がしないときってあります。そういう時は料理をしたり、掃除をしたり、ちょっと散歩に出たりします。動く前は面倒くさいなぁ、と思ってなかなか腰を上げられないのですが、えいやっと気合を入れて立ち上がれば、やる気が戻ってきます。誰も経験があると思いますけど。

今日は一日家にいたのに、全然何もできませんでした。一日パソコンの前にいたのに、小説を書こうとしていたのに、ほとんど進まず。貴重な休日を棒に振ってしまった気持ちです。何をしていたのやら。

後で凹むだろうことは予測できていたのですが、まあ、こういう日もありますよね。

やる気がないなんて、ぐだぐだしている場合じゃないんです。やりたいことはたくさんあるし、時間はいくらあっても足りないのだから。

わかってはいるのですけどねー・・・・・・。

2008年11月20日

どういう会社で働きたい?

面接があったので、こんなことを考えました。

どこまで正直に考えていることを言えたかなぁ、と思いまして。求められていることに応えることはわりと簡単です。ただ、その期待されている返答と自分の考えが一致しなかった場合、それに逆らって自分の意見が言えるものだろうか、と。自分の考えと、会社の社風がすべて完璧に一致することなんか、ないと思うのです。ある部分には賛同して、ある部分はどうかな、と思う。それで良いと思います。良くないですか? 本当は少し自信がない(笑)。

会社に属する、ということはその会社の理念に属する、ということなのでしょうか。でも今あるものの範囲で選ばなくてはならないのだから、完璧に自分と一致するということはないですよね。普通。みんな、どう考えているのかなぁ。わたしが考えすぎでしょうか。

別に面接で嫌なことがあったわけではありません(笑)。ただ、どういう仕事をしたい、ということはずっと考えていたけれど、どういう会社で働きたい、ということは考えたことがなかったので、ちょっと考えてみただけです。そう考えたときに思いついたのが、自分の考えを聞いてもらえる会社かな、と。そんなのどこでも聞いてもらえる、と思われるかもですが、会社を改善する意見は聞いてもらえても、考え方とかを理解してもらうのは難しいと思います。

何が難しいって、そういうことを話せる環境、場所であることだと思います。けれども、そういう環境があったときに、わたしがそういうことを語るだろうか、と考えると、きっとそんなことしないですね(笑)。ただ、聞いてもらいたくなったときに聞いてもらえると思える環境であることが大事なんだと思います。

あれ? 会社の話かなぁ・・・・・・。

2008年11月19日

働くこと。

風が冷たいー。寒いのは嫌いです。でも好きです。そういうこと、ありますよね。寒いのと綺麗なのとは似ている気がします。

実は、就職活動中です。もうほぼ決まりですけどね。やれやれです。しばらくアルバイターの身でしたが、今度は派遣。正社員になるつもりは、今の所ありません。気が変わる可能性は大いにあります(笑)。わりと気が変わりやすいですねぇ。

正社員になるつもりがない、というのは、安定してしまうことが怖いからかな、と自分では思っています。それだけが理由ではありませんが、大きな理由の一つですね。安定してしまうと、そこから別のものになろうと、頑張れなくなってしまうんじゃないかな、という不安です。まあ、いつか独立して働きたい、という気持ちがすでにあるから、辞めるつもりで正社員になれない、という気持ちもあります。でもそれは、一足飛びの考えだと思うので、まだまだ悩み中。

社会に出て働くことの意味、については、大学での就活の時にすっごく考えましたねぇ。そんなに過去の話じゃないですけど(笑)。今も時々思い出したように考えます。結論から言ってしまえば、働くことというのは、他人の役に立つことなんだな、と。やりたいこと、なりたい職業に就けたら素敵だけれど、それは絶対に自分のためだけに留まれない。何かしらの価値をもって、他人の役に立つことが、社会に出て働く、ということなのだと。そう、思いました。今でもその考えはほとんど変わっていません。

当たり前の考え方と思われるかもしれませんが、やりたいこと、なりたい職業に直接結びつかない仕事をすることになっても、誰かの役に立てるのならば、それが自分自身への価値になります。偽善とかではなくて、人が一人では生きていけないって、そういうことだと思います。

相変わらずまとまりのない話で(汗)。まだまだ考えていることなので、またちょこちょこ似たような話題で書くことになると思います。働くことに対する考え方も、世間的に変わってきていると思うので、それも含めて。

2008年11月18日

毎日新しいこと。

ブログを毎日更新するのが難しいのは、そんなに毎日が違わないからです。同じような毎日で、一週間があっという間だったり。一年があっという間だったり。

穏やかな毎日が好きなので、あんまりドラマチックな出来事を望むわけではありませんが、わりと飽きっぽいので刺激がなさすぎるのも駄目ですね。贅沢者です(笑)。

なので、ブログを書くため、というと本末転倒ですが、毎日何か新しい発見をしよう、と。発見というと、きちんとしすぎていますが、ブログを書くネタになるようなものを、毎日一つくらい思いつけるように過ごしたい、と思います。

紅葉前線真っ只中ですねぇ。今年はわりと綺麗に色づいているような気がします。久々に秋らしい秋かなぁ。

2008年11月16日

続けていけること。

ブログの更新を増やそう、とか言っておいて、またいつの間にか一週間(汗)。忙しいわけではなくて、ちょっと怠けてます。しっかりせねば、色々と。雨が降ると、やっぱり冷えますね。今日も今日とて、コタツムリな私です。
さて、継続は力なりという言葉がありますが、まだ自分自身で実感できるほど、何か一つのことを続けたことがありません。どうなのかな。これは、継続することは大変だ、という視点からの言葉ですよね。
好きか嫌いか、ということよりも、続けられるか続けられないか、ということがその道に進めるか否かの分かれ目である、と思います。好き=続けられるということには、必ずしもならないと思うので。好みは変わっていくものですし、気持ちは毎日変化しますから。
継続することも大変だとは思いますが、わたしはどちらかというと、諦めるほうが大変なのではないかな、と思います。比べられるようなことではないかもしれませんけれど。嫌なことを続けるよりも、好きなことを諦めることのほうが辛いな、と思って。
ただ、一途に想いすぎて諦められない、というのも危ないかなぁ、とも思うのです。小説家になりたいなりたい、と思ってきて、でも、もっと別のアプローチの仕方もあるんじゃないか、と最近考えるようになったのはそのためです。答えはまだ、はっきりとした形を持ちませんが。それでも、こうしてWebで細々と活動していることが、自分へのヒントになっているような気がします。どうかな。わかりませんけれど(笑)。
今社会にある型に自分を当てはめる必要はなく、自分自身で型を作っていいんだ、ということです。そういう型も認められる社会になってきている、と思います。
とりあえず、アクセスもこつこつ伸びてきたところですし、ここの更新を・・・・・・増やしましょう(小声)。

2008年10月16日

小さなこと。

窓を開けたら、月が正面にぺかーっと光っていて、

それだけで嬉しくなったり。

逆にちょっと思い通りにならないことがあって、

あっという間に落ちこんだり。

小さな起伏を繰り返して生きてます。

いつか誰かの小さな楽しみを発信できたらいいなぁ。

2008年8月31日

シドニーに行ってきました

 

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お久しぶりの更新です。

シドニー、行ってきましたー。写真はハイドパークの鳥です。本物ですよ。この反対側ではおじさんたちが真面目にチェスをしていました。そんな日常おしゃれですね。

オーストラリアは今好景気だそうで、物価がとても高かったです。大体日本の1.5倍~2倍という感じでした。貧富の差が大きいという話も聞きましたが、今回は表側の都会しか見ていないので、外面しか見て来れなかったかな、という感じもします。色んな国の人がいて、なるほど移民の国、とは思いました。

今まで他に中国とタイにも海外へ行っているのですが、何処へ行っても同じ地球なんですね。当たり前ですけど。でも、そのことを再認識する、というか、そうですね、改めて私たち同じ地球人よねって思います。言葉も文化も、習慣や食事など違うことは様々なのですが、そんなことって感じです。瑣末なことですよ。軽んじるわけではなくて。

国とか民族とか宗教とか、戦争とかテロとか、難しい顔で語られるたくさんのことも、きっと大丈夫だと思うのです。インターネットの普及で個人単位で簡単に、世界がつながっていけるようになりました。これは森博嗣さんが言っていたことですが、国境が県境くらいの感覚になったらいい、と思います。だって、埼玉県と群馬県で戦争、とか今はありえないでしょう? 無理なことじゃないと思うんです。時間はかかっても。

2008年8月17日

最近の。

最近の本:『ツチケンモモコラーゲン』さくらももこ+土屋賢二 集英社文庫

さくらももこさんと土屋賢二さんの対談集です。わたしは土屋さんのファンです。土屋賢二さんのすごいところは、面白エッセイが絶対『良い話』にならないところです。と、書いていて、毎回同じようなオチかも、と気がついた(笑)。それでも笑っちゃうのだから、やっぱりすごいのです。エッセイ集(?)も文春文庫からたくさん出しているのですが、よくこんなに同じ内容で何冊も出せるな(笑)、と思います。いえ、わたしはファンですよ。最近笑い足りない人にお勧めです。

最近のDVD:『ティファニーで朝食を

原作は言わずと知れたカポーティ。ヒロインのホリーはオードリー・ヘプバーン。これはぴったりでした。彼女しかいないでしょう、という配役。ポールはちょっと男前すぎるような感じでしたけれど。内容も、お洒落で良い感じに気取っていて、素敵でした。ユニオシさんには苦笑するしかなかったですけど。残念だったのがラストですね。ホリーとポールがくっついてハッピーエンド。いかにもアメリカ映画なラストに収められてしまって、がっかりでした。小説と違うから、という意味ではなくて、恋人にならないホリーとポールの距離感が素敵なんです。そこが良いのになぁ。

最近のHP:Toshiyuki Morikawa Private Collection

声優森川智之さんのファンサイトです。このサイトのオンエアレポート(ラジオのテキストレポート)を最近よく読んでいます。声優さんがやっているWebラジオをよく聴いていて、そんなつながりで見つけたサイトです。爆笑必至。関連するアニメやら何やらは全くと言ってよいほど見ていないのですが、そんな話題ばかりではないので、楽しくラジオを聴いています。最近のうるさいだけのお笑い番組より、よほど笑わせてもらっています。笑うと元気になりますね。笑いは必要ですよ。

夏もピークを過ぎた感じですね。夕方の風が涼しくなりました。日も短くなってきましたし、蝉もあちらこちらでご臨終です。残暑はまだまだ厳しそうですが、えいやっと乗り切りましょう。

2008年8月 3日

多面的価値観

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USJに行って来ました。写真矢印は、空飛ぶピーターパン。

楽しかったです。とてもとてもー。でも、あれ?と思ったのですが、どうも一緒に行った友だちと楽しいとか面白いとか思うポイントが違うのですね。そんなの当たり前じゃん、という感じですが、魅力に思う部分は異なっていても、楽しいという認識は共通している、そういうものが創れている、というところが凄い、と思ったのです。

小説を書くのは、一人で書きます。だから、どうしても一面的になりがちです。一つの読み方しか想定していない、というか。もっと多面的な読み方を想定したいな、と思いました。わたしはこれを伝えたい、というものは特になくて、ただ、表現したいのです。だから、色々な切り取り方で、色々な側面が見えてくるものが書けたら、とても面白そうですよね。

具体的にどうしたら、とかは全然判らないです。理想ばっかり高くなりますね(笑)。向上心に変換します。

皆さんも、夏休みを満喫してください~。

2008年7月27日

大勢の中の一人

この間、顔からモヤシが生えてくる夢を見ました。怖かった。ぶるぶる。

電車で、マナーの悪い人を見ていて思ったことです。わたしはその人のことを知らないけれども、もしも、一対一で話してみたら、良い人なのかもしれない。その人のことを知っている人に対しては良い人なのかもしれない。そう思いました。

つまり、大衆の中にあってはちょっと迷惑をかける人でも、個人として対したら良い人である、という場合が多いのではないか、という考えです。自分の身に置き換えても、そうですね。例えば、電車のマナーとか、ゴミの出し方とか、自転車とか。

わたしは一人で行動するのが好きですが、本当に一人で行動しているのだろうか、と疑ってみました。一人でいるけれども、独りじゃないのかも、と。つまり、大勢の中の一人になっている状態が楽で、好きなのかもしれない。いつもいつもそうだとは言えないけれども、そういう面もあると思います。人と話すのは疲れますよね。人と話すときは、ずっと一個人ですから。一個人であり続けるのは、とても疲れることだと思います。大衆の中にいれば、そこは『大衆』で一つの存在ですから、楽なんですね。

何が良いとか悪いとか、一概には言えませんが、ちょっと危ないかも、と思ったので。黄色ランプです。楽な方に慣れちゃうと、疲れるほうに戻るのは、難しくなっちゃうんですね。何事も。だんだん、個人と接するときにも、自分が『大衆』としてしか接することが出来なくなってしまうかもしれません。『建前』とか、必要なときもあるとは思うけれども、本当に必要なのかな、とも思います。時代は変わってきてるのですよ。人との摩擦はなるべく避けたいところではありますが、自分の中だけで、自分自身を保つのは案外大変なんじゃないかな。人は一人じゃ生きていけないってよく言うけれど、それはこういうことなのかもしれない。

短く語れる話じゃなかったな。とりとめのないことですみません。『地魔』の次の新連載を思案中。今度は小説サイトさんに色々お世話になるかも。

2008年7月21日

トラの威を借る・・・

暑いですねぇ。外に出れば、無料サウナ状態です。

最近心がけていることをひとつ、書きたいと思います。

私はへこんだり、調子が出なかったりすると、よく他人の『良い言葉』に励ましてもらいます。それは大抵本や、さいきんはブログやwebで書かれているものだったりします。今までも随分助けてもらったし、これからも助けてもらうんだろうな、と思うのですが、ただ、それは彼らの言葉であって、私の言葉じゃないんだな。そこを、取り違えてはいけないな、と思うのです。

こうして字にして書いてみれば、当たり前のことですよね。でも、そうは言ってもなかなかどうにも。小説を書くときに、そういう世間に溢れている『良い言葉』を、もう一度自分で疑問に思いたい、と考えています。

最近、コンテンツの使い回しが流行していますよね。一つのコンテンツを多メディアで表現する、という試みには私も興味のあるところです。ただ、大人の電卓で、安易に使いまわされるのはいかがなものでしょう。『良い言葉』に関しても、同じことが言えると思います。たとえどんなに納得しても、感心しても、それは他人がたどり着いて見つけた、他人の言葉です。自分に使い回すことが、必ずしも間違いではないけれど、自分の目がトラの威ではないものをきちんと見て理解しているのかどうか、それが肝心です。

知識や情報が、視界を邪魔しますよね。けれども、知識や情報で、視野が広がることもあると思います。全て物事は一側面だけではない。いつまでも柔軟な思考でありたいです。

夏バテに気をつけて~。

2008年7月11日

最近の。

最近のCD『CMようこ』。

再び菅野よう子さん。CM曲を集めたCDです。待ってました、という感じですね。このアルバムとは関わりがないのですが、インタビュー記事へリンクを張っておきます。例えば作曲にしても小説にしても、才能は二の次で、どれだけ続けられるか、ということがその道を行くのに最も重要なことなのかも、と考えるようになりました。それも、吉本隆明さんの言うように、毎日です。何だそれだけのこと、という気持ちも、正直まだ5%くらいあります。でも、1年2年・・・・・・5年と続けて、それでも芽が出なくても、諦めずに続けられるでしょうか。そこが分かれ道なのかもしれません。誉められたくて書いているつもりはないけれど、誉められないのも辛いです(笑)。どこまで続けられるのか。まぁ、行けるとこまで行ってみます。

最近のDVD『アマデウス』

モーツァルトの曲の一番の理解者だったサリエリの物語。言わずと知れた名作です。わたしは今、旧い名作ブームです。もう、痛いほどサリエリの気持ちがわかりました。同じ作曲家としての、嫉妬、羨望、尊敬、それゆえの憎悪。彼はモーツァルトを愛しすぎたんです。切ない。

最近の本『薬屋探偵妖綺談 双樹に赤 鴉の暗』高里椎奈

やーらーれーたー。何で、どうして気がつかなかったのだろう。あれ? と思ったのに、見事に騙された。凄いなぁ。以下ネタばれ注意。

続きを読む "最近の。"

2008年6月18日

クールビズ

会社がクールビズになりました。冷房の設定温度が28度になって、とても暑いです。温度計で計ったら、室温は31度。そりゃあ、暑いです。外のほうが風があって涼しそうでした。

クールビズっていうのは何なのでしょうね。暑かったら、暑苦しい背広やネクタイを外して仕事をするのは、自然だし当たり前だと思います。学校の制服でも、6月にならなければ、どんなに暑くても勝手に夏服にしてはいけなくて、とても理不尽に感じたことがあります。だって、先生たちは半袖とかサンダルとかなんですよ。あれは本当に理解できなかったです。今はどうなのでしょう。まあ、学校によりけりだと思いますが。

クールビズは、残業を何時まで、と決めてしまうのが一番クールビズだと思います。というか、クールビズ、クールビズって格好つけてカタカナ名を付けているけれど、やっていることは経費削減です。エコの振りしてただのエゴとか。エコは濁るとエゴになるんです(これが言いたかった)。

地球は一つの生命です。氷河期からの永い永い視点で見れば、温暖化は自然な流れだと思います。だから、地球のためにとか環境のためにとか、そんなのは嘘です。自分たちが困るから、絶滅したくないから、何とかしたいわけです。それでいいのに、その方向は当たり前なのに、どうしてか問題をすり替えられている気がしてなりません。

エコを意識しています、とか言うと何だか良いイメージを持たれてしまうのですが、それが本当にエコなのか、考えてみてほしいです。エコバッグとか、ゴミ袋の有料化とか、クールビズとか。

2008年6月15日

双方向

webで出来る新しい小説の形が、何かないかなぁ、と考えています。

その内の一つで、やりたいなぁとずっと考えているのが双方向型小説。つまり、読者参加型、というか。そんな感じです。ただ、チャットみたいに雑談の場になってしまうのではなくて、作品として、もっとこう、何か上手いことできないもんかと。もちろん、エンタテインメントとしても成り立って。オンラインゲームに近いのかな(やったことないけど)。

今年中の実現はきついかな。いずれにせよ、もっとアクセス数が増えないと。常連で来てくださる方が出来ないと。

小説サイトって、本当に数が多いですよね。わたしも含めて、読んで読んでって、自分の作品をアップしているのだけれど、どうにもこうにも一方通行ですよね。それでも良い、という気持ちもあるのだけれど、うーん、うーん、あれです、キャッチボールです。投げっぱなしにしたくないな、と思うんです。昔キャッチボールをしていて、眼球にボールが直撃して大変だったことがありますけど。いや、そんな話はどうでもよくて。

だんだんわからなくなってきました。ちゃんと考えをまとめてから書けば良いのですが。無理矢理まとめてしまえば、とにかく新しいことがしたいだけなのです。もうちょっと考えがまとまったら、このことはまた書きます。今日はこれでどろん。

2008年6月 1日

正しくないこと。

コミュニケーション、ということをここ最近、折に触れて考えている。

就活をしていたとき、一番求められるのはコミュニケーション能力だ、と何処かで聞きかじった。仕事で一番大変なのは人間関係だ、とかもよく言う。つまり、コミュニケーション能力とそこで呼ばれているものは、波風立てない能力のことで、職場でいかに人と人との摩擦をそつなくこなすか、ということなのだろう。

でもそれって、コミュニケーションじゃないでしょう? みんながみんな、本音で付き合えるとは思えないけれど、上辺でしか話せない人が増えていくにつれて、これでいいのかな、と思って。

良いことや正しいことを言うのは簡単だ。でも、時には正しくないとわかっていても、正論じゃなくても、自分の気持ちを伝えることが大事なんじゃないか、と最近思い始めている。自分の気持ちをわかってほしいから、ではなくて、そこから始めなくてはコミュニケーションなんて、生まれないんじゃないか、と。

ネット上ではとても本音が言いやすい。顔も見えないし、誰も知らないし。上下関係も、年齢も、立場もないし。そう、みんな同じ場所に立っている。だから、本音が言いやすいのかも。ここからつながっていけたら素敵だな。一本小説が書けそう。もう誰かが書いてるか。

2008年4月 2日

クリエイティヴ。

最近、糸井重里さんの「ほぼ日」を知りまして、読んで読んでます。そうだよ、わたしもそう思ってたんだよ、という話がいっぱいで、鼓舞されて、今のやる気もこのサイトにたくさんもらったような気がします。

さて、そのほぼ日のコンテンツのひとつに「クリエイティブってなんだ?」というものがあって、考える種がたくさんありました。わたしがぼんやりと考えていたことの、一歩先をいったことを考えて話されていて、視界が開けた気持ちです。こういう話をできる相手がほしいなぁ。自分ひとりで深く物事を考えることももちろん必要なのですが、会話の中で議論の中で、触発し合って考える道が広がるのだな、と改めて感じたりしています。そんなコミュニケーションについての話題はまた後日。

わたしはずっと小説家になりたいと思っていて、でもそれって何だろう、と。とにかく何かの賞をとらなくては、という焦りが自分の中にどうしようもなくあって、それで少し、軸がずれてきていたように思う。なりたかったものから、書きたかったものから。親や周りに心配をかけないようにきちんと生活をしなくちゃとか、周囲に対する見栄があって、そこと自分の歩きたい道とのせめぎ合いの中で、やっぱりまだ唸っている。うむむむむ。

ヒントはやっぱり「遊び」にあるような気がしています。前にもちらっと考えたけれど、遊ぶことがだんだん下手になっていっています。色々なものが便利になって、短縮されて、でもその分、時間が細切れになって、何もない時間というのがなくなっているような。例えば旅行に行ったとしても、効率よく観光名所を回ろうとして、証拠写真みたいな記念写真だけ撮って、旅行したような気になったり。それって違うでしょう? それでいいの? と思うんです。例えば小説を書いたとして、効率よく賞をとろうとして、それぞれの傾向を気にして対策を考えたり、どこかで読んだ作品の二次的なものでしかなかったり(二次創作はそれはそれで遊びであり、エンタテインメントですが)。オリジナリティ、というのもしかし、また難しいですな。

何だかとめどなくなっていきそうなので、とりあえずこの辺で。考えなければ考えずとも生きていけてしまうのです。だからこそ、考えずに通り過ぎたくないと思います。

2008年3月31日

再開!

新しい気持ちでサイト再開です。サイト名も遊々字的(ゆうゆうじてき)と改めました。以前のサイト名『自遊創作工房』はそのまま管理者名として使います。

急遽、トップページだけ変えてみました。他のページもぼちぼち揃えていきたいです。ずっと工事中のリンク集ページにも手をつけたいな。あれもしたい、これもしたい。何というか、冬眠から覚めた気持ちです。冬も好きですが、やっぱり春が好きです。花粉症ですが。

更新を休んでいる間に色々考えました。ぼちぼちそんなことも書いていきたいです。

何も考えずに『愛連』から更新してしまったけれど、順番からいったら『地魔』のほうが先でしたね。『地魔』も今度の日曜にUPしたい、と思っています。ひと月ぶりくらいなのに、久々に会った友達に会えるみたいに、何だか彼らのことを書けることが嬉しいです。実際、サイトを休んだからといって、別で書いていた小説が捗ったかといえばそうでもなく、休む必要はなかったんじゃ、と思っていたのですが、連載中の長編2編にとっては良い熟成期間になった感じです。

公募の賞のために書いていて、締め切りに間に合わずに出せなかった作品をサイトで公開することにしました。まだ書き終えていないので、まあ、ゴールデンウィークまでには、と考えています。他にも色々考えているのですが、まだ具体的なことは決めていないので、まあ少しずつ実行していきたいです。またよろしくお願いします。

2008年1月 8日

不思議を見つけること

今日、電車の中で男の人が立って文庫本を読んでいました。駅に着くと、その人はさっとジーパンの後ろのポケットに文庫本を入れました。その何気ない動作がすごく格好よかった。ちょっとときめきました(笑)。

もう一つ、電車関連の今日のできごと。駅のホームに、黒い帽子と黒い手袋が片方、落ちていました。階段のすぐ近くで、通り道なので、通る人はみんな、「なんだこれ」という目で見るのですね。でも、誰も拾おうとはしない。立ち止まることもしない。わたしも、「なんだこれ」と思ってさっさと通り過ぎました(笑)。だって、電車に乗り遅れますから。もしかしたら物語の始まりだったのかもしれないのに(無性に『耳をすませば』が見たい)。

ので、ちょっと考えてみました。

ファンタジーだったら、あれは異世界のダンディな紳士の落し物ですね(少女漫画に傾いている)。拾ったとたんに、どこからともなく「それは私の帽子と手袋です」と言って現れる黒いコートの長身紳士。拾ってくれたお礼にこれをあげましょう、と言って切符をもらう。異世界への旅の始まり始まり。

ミステリだったら失踪事件ですね。手袋が片方しかなかったのがミソです。あれが最終的にトリックを暴く重要なヒントになるのです(どんなトリックかは知らない)。さらに反対側のホームからマフラとブーツが発見されて、謎が謎を呼び、事件は混迷を極め、名探偵の推理が冴え渡る(何のこっちゃ)。

SFだったら、あれは宇宙人ですね。実は帽子と手袋に変装して地球人を観察していたのです。そして、拾った人間にとりつこうという企み。宇宙人はそのとりついた人間に成り代わって地球上の人間全てから崇拝される存在になったところで、ぞろぞろと仲間の宇宙人を地球へ呼び入れる。そして、その企みに気づいた一人の青年が今、立ち上がる。

楽しいです(わたしが)。最近、ちょっと色々通り過ぎすぎていたなぁ。忙しい、とか。時間がない、とか。頑張っているふりをして、楽しむことを怠けていたのかな。そんなことを思ってみたり。

2008年1月 5日

あけましておめでとうございます。

2008年です。子年です。おみくじは末吉でした。末尾に一言、『がんばれ。』と書いてありました。がんばります。

まあ、新年といったって、突然何かが変わるわけではないのですが、何かを変えたり、新しいことを始めたりする、良いきっかけになりますよね。年末に、来年からがんばろう、と思って夏休みの宿題を先送りするみたいにしていたことが、たくさんあります。小学生の頃は、夏休みの宿題は7月までに終わらせる子だったのに。大人になって、変な怠け方を身につけてしまった。

地味にこつこつと活動していきます。作品はまだまだ拙いものばかりですが、どうぞ今年もよろしくお願いします。

2007年12月16日

ご無沙汰です。

今にも雪が降りそうな、寒い日が続きますね。わたしは流行に乗せられて風邪をひきました。まともに風邪をひいたのは数年ぶり。風邪をひかないことが自慢だったのに、ひっそり悔しいです。みなさんはお気をつけください。

先日、登録したネット小説ランキングの順位ですが、さっき覗いてきたところ、151位でした。まあ、こんなものでしょう。ランキングのほうから何人か来て下さった方がいて、よかった。わたしだったら、こんな果ての順位の小説を読もうとはしない(笑)。何にせよ、ありがたい。そして、読まれていることを実感するのは、よい緊張となります。風邪も追い払ったことだし、襷を締めなおして、また書いていきます。今後とも、よろしく。

2007年12月 1日

ちょっといいこと言いたい症候群

わりと、多くの人に見られると思う。自分も含めて。

超えたい一線だなぁ。特に、小説では。人との対話でもそうだけど、自分がいい人になりたくて、ちょっといいことを口にして上滑りさせてしまうのは、駄目だなぁ、と思う。よくやってしまうんだ。そうして自分のいい人っぷりに満足していたこともあるから、恥ずかしい。青春だったのかもしれない。

小説に関しても、何となくいい話っぽくハッピーエンドで終わらせてしまうのは、違うな、と思い始めている。起承転結にすら、囚われる必要は何もなくて、小説という形にこだわる必要もなくて、言葉で、文章で、表現する方法を探している。いつか、自分の書きたいものに辿りつけるといいけれど。

2007年11月 4日

どうして芸術学部に小説科がないのか

わざわざ調べていないので、もしどこかにあったらすみません。
言いたかったことは、小説は芸術に入るのか、ということです。芸術という定義がもうむずかしいけれど。
色々定義はできると思うけれど、今思いついたのは、言葉にならないものを表現するのが芸術なのかな、と。むう、言い出したはいいけれど、難しいな。
小説のほとんどはエンタテインメントを目的としたものだと思う。それはやっぱり芸術とは違うだろう。詩はどうだろう。少し、芸術に近い気がする。音楽だと、POPSはエンタテインメントだけれど、クラシックは芸術といえる。伝えたいものと表現したいもの、の違いだろうか。なかなかいい線いっている気がする。
また思いついたら、書きます。

2007年10月19日

金木犀

金木犀の季節ですね。金木犀、好きです。匂いが特別好きだというわけではなくて、花を見つける前に、風に香る匂いで「あ、金木犀だ」と気がつく、あの感じが何となく好きです。
今年は芸術の秋です。いえ、たまたま今、そういう方面にアンテナが向いているというだけで、積極的に何か活動をしているわけではないです。芸術について、考えたりしています。小説は芸術よりもエンタテインメントのような感じ。現代では。
どちらが正しいというのではなく、自分はどうしようかな、と。イマイチどちらにも踏み切れず、夜も眠れない、というほどではない。絶対に水柿助教授の影響を受けている。
とりあえず、地道に書き続けていきます。

2007年10月18日

オリジナリティ 〜HP編〜

そのうち、一人一人がみんな、HPを持つようになるんじゃないかな。コミュニティの場所の一つとしては、もう確立しているし。関係ないけど、わたしは小学校の頃、大人になったらドラえもんがいるような未来を想像していた。
何だか話が逸れていく傾向にあるな。軌道修正。
あふれるHPの中で、際立つためには、コンテンツが重要だ。例えばわたしのような小説サイトを運営している人もたくさんいる。暇を見つけてはそういうサイトを覗いているのだけれど、今の所、あまり印象的だったサイトはない。小説はみんなとても上手なのだ。文章もきれいだし、ストーリーも読ませる。好きで書いているんだな、と思う。それはそれでいいんだ、他人のことは。
別に目立ちたいとは思わないけど、人と違う新しいことをしたいな、という気持ちがある。何だか軌道修正したら、つまらない文章になってきた。ありきたりな展開が予想できて、自分でげんなりしてしまった。でも、そう思っていることは本当。
愛してるから、自分のやり方で愛したい、みたいな。
駄目だ、疲れてるな、自分。もっとちゃんとした文章を書くように心がけよう。明日から。

2007年10月17日

オリジナリティ 〜小説編〜

書いた人の思考に触れたくて、小説を読むのかな、と最近思っている。読み方が変わったせいもある。以前はストーリーや登場人物にエンタテインメント性を置いたものが好きだった。いや、今も好きだけれど、字面を追うだけの読み方をしなくなった、ということ。最近、よしもとばななさんの小説を読むようになったのもその表れだろう。中学生のときに「キッチン」を読んでも、ちっともわからなかった。それでずっと読むのを止めていたのだけれど、ふとしたきっかけで読み始めて、何だこの人はー、と叫んでしまった(心の中で)。

書こうとしていたことから逸れてきた。どうしてこうなるかな。つまりは、個人の思考とオリジナリティをつなげたかったわけです。小説を読む意味も書く価値も、そこにある。わたしにとっては、ですが。そうしてたどり着きたい思考がある気がする。もうずっと、それは感じていることだし、だから書き続けようと決めたのだけれど、そこへたどり着く道筋が見えているわけじゃないから、それこそオリジナリティを発揮しなければならないのかも。

抽象的になりすぎた。オリジナリティのある小説を書かなきゃ、という話を書こうと思っていたのに。どうしてこんな話になったのか。

2007年10月14日

ちょっとお休み

本当は『とても小さな。』を書こうと思っていたのですが、怠けました。

頼まれた仕事があって、漢詩を色々調べていたのですが、和歌や俳句に比べると、ごついですね。ごついって、変かな。見た目や音の響きもそうなのですが、決まりが堅い感じがする。起承転結の形にしなければならなかったり、どこで韻をふむのか決められていたり、平仄(ひょうそく)という発音を意識した決まりもあったりして、ちゃぶ台をひっくり返したくなる難解さ。さらに、返り点とかいうものが、追い討ちをかけて難しくする。

でも、その堅物な感じが素敵なのです。一言一言が選ばれ、研ぎ澄まされた言葉で、詠んでいてぞくぞくします。変かな。

あ、あと不思議だったのが、日本の人が日本のことを漢詩でうたっていても、浮かぶ風景は中国なんですよね。漢詩、という形に対しての先入観があるにしても、やっぱり、言葉に風土が染みつくものなんだと思う。逆か。風土から言葉が生まれたからか。何というか、目に見えず言葉が孕むものを想像したら、頭がくらくらしました。

2007年10月10日

遊び方

どこかで書いたかもしれないけれど、遊び方が下手になったなぁ、と自分を省みて、最近思う。
遊び心満載の〜というトップページの自分の文言が痛いです。上手く書こう、とか、破綻しないものを書こう、ということが先に立ちすぎているのかな。そうして緻密に作り上げていく小説、というのもいつか書いてみたいけれど。
もっと、何か、こう、違うものを書きたいなぁ。これじゃあ、全然わからんですね。自分ではわかっています。上手く言葉にならないな。うう、もどかしい。もっと遊んだ表現をしたいんです。もっと違った書き方ができるのではないか、と思うのです。ああ、全然伝えられない。しかも、最初書こうとしていたことからずれてきてしまった。
実践あるのみ、かな。実のあることを書きたいとか言いながら自分のことばっかり。どうもネタがよくないのか。考えの方向性が悪いのか。なんだかテンションが低いですね(いつもか)。

2007年10月 9日

始め方

この間、終わり方を書いたので、今度は始め方を。
小説の始め方です。
最近、この始め方が難しく感じるようになりました。書きたいことが決まっていても、なかなか書き始められない。決まっているほうが、書き始められない、かな。ぽーん、とプロローグだけ思いつくことはよくあって、わたしのパソコンのデスクトップにはそんな終われないプロローグフォルダが。そう、思いつきのプロローグは後が続かないことが多いです。たまに覗いて、拾ったりすることもないわけではないけれど、新しく書いたほうが楽しいので、あまりしないですね。
でも、プロローグが一番書くのは楽しいかな。後になればなるほど、自由度は狭まってくる、というか、これを書かなきゃ、ということが増えてくるのですね。プロローグが一番自由なのです。だから楽しいし、難しい。そこで方向が決まるから。うーん、でも、この難しさがわかってきただけ、成長したかな。
もうちょっと実のあることを書きたいなぁ、と思ってはいるのだけれど、なかなか大変。

2007年10月 6日

文庫本症候群

本屋さんに寄ると、つい、文庫本を買ってしまいます。何なんでしょう、あれは。いつの間にか、2、3冊手に持っているんですよね。せめて1冊にしておけばいいのに。そうして部屋に本の木が育っていくんです。ただでさえ狭い部屋が、足の踏み場もない状態。もうちょっと稼げるようになって、広い部屋に引っ越したいもの。気兼ねなく本が買えるようになりたいなぁ。いや、今でもあんまり気兼ねをしているとは言いがたいけれど。でも、ハードカバーの本には手が出ないし、文庫好きだから別にいいんですけど。文庫にならない専門的な本とかね、もっと色々なものを読みたいのです。
前は図書館に通っていたのですが、止めてしまいました。仕事を始めたこともあるのですが、期限内になかなか読み終わらなくて。大体、常に10冊くらい並行して読んでいるので、1冊読み終わるのに時間がかかってしまう。1冊ずつ読めばいいものを、最初に書いたように、本屋さんに行くと買ってしまうので、買ってしまうとやっぱりすぐに読みたくなってしまって、前の本が読み終わっていないのに新しいものを読み始めてしまうから、こんなことになってしまうんですね。辛抱が足りない?
どうでもよいことをぐだぐだ書きました。まあ、たまにはこんなことも。明日の『愛連』更新に向けて鋭意、執筆しています。

2007年10月 1日

終わり方

10月ですね。雨が降ったので、だいぶ涼しくなりました。空気は秋なのに、太陽だけがずっと夏のままでしたものね。たまには時候に触れてみたり。

さて、終わり方、というのは小説の終わり方のことで、これが、今まで満足できるような形で書けたことがない。終わり方を決めていても、何故だか書けないのです。途中まではすごく良くって、ぐいぐい読ませるのに、最後であれっ? ていう小説、よくありますよね。読み終わった後、がっかりしちゃうんですよね。うん。読み終わった後に、満足の溜め息が出るような小説が、やっぱり本物ですね。そういうものを、私も書きたい。雨にも負けず、風にも負けず。

ちなみに、私が今まで読んだ中で、一番の溜め息ものの終わり方をした小説は坂口安吾の『桜の森の満開の下』です。溜め息どころじゃないですね。鳥肌ものでした。

2007年9月25日

BGM

WEB小説のサイトを回っていると、稀にBGM付きの小説と出会う。素材屋さんでも時々ある。開いたときに突然音楽が鳴るのは心臓に悪い。私はネットをしているときは、たいていCDをかけているので、すぐにOFFにしてしまう。
BGMを付けたい気持ちはわかる。ただ、効果的に使うには難度が高い。小説よりも静かに、目立たず、というように使うことは、なかなかできないと思う。ボリュームは相手側のパソコンに依存しているし。小説を朗読しているのなら、BGMもあったほうが効果は上がるけれど。
つまり、小説を読むということは、沈黙する、ということなのではないかな。ちょっと違うかな。小説の本質が沈黙なのかもしれない。本質っていうとちょっと違うかな。性質のほうが近い? まあ、そんな感じで、小説は沈黙の世界に住んでいるので、音楽とは調和しづらい、ということです。朗読とかなら、音の世界に住んでいるので、音楽とも上手く調和する、というイメージですね。
実は『地上の魔法使いたち』のページ切り替えの時に効果音を付けようと思っていたのですが、試してみたら逆に文章が喚起するイメージが薄っぺらくなってしまったので、泣く泣く止めにしたのでした。

2007年9月24日

いつの間にか、100人突破

いつの間にやら、そんなことに。いえ、特に何もしないです。けど、地味に嬉しい。連休なのに、更新がなくてすみません。ちょっと奈良まで小旅行していました。奈良、いいですねぇ。京都よりも奈良が好きです。京都も好きですけれど。
京都は観光大売出し、という感じで、歴史を越えてきたものはたくさんあるし、その長大な時を想うことはできるのだけれど、確実に、現代を生きている。奈良はその点、マイペース、というか、うん、世間の時の流れなんか、どこ吹く風で、自分たちの時計で時を刻んでいる、感じです。伝わるでしょうか。
修学旅行で京都・奈良に行っているのですが、ちっとも印象に残っていませんね。あまり楽しかった記憶もないなぁ。あ、ちょっと思い出したら楽しくない思い出ばかり蘇ってきた。うん。そんなわけで、修学旅行は楽しくなかった。でも、今回の奈良旅行はうんと楽しかったです。またどこか旅に出たいなぁ。

2007年9月18日

次の三連休こそは・・・

あっという間に、三連休、終わってしまいましたね。あれもしよう、これもしよう、と思っていたのに、何だかどれも中途半端になってしまって、やる気が消化不良。

普段、なかなかまとまった時間がとれないので、色々溜まっているのです。仕事にとられる時間が惜しいなぁ、と思ってしまう今日この頃。ばりばり働いているなら、こんなに惜しくは思わないのだけれど、無駄に過ごしている時間が多いから、惜しく思わずにいられない。

まあ、仕事が見つからなくて奔走していた頃を思えば、仕事があって収入があるだけでもありがたいのだけれど、それはわかっているのだけれどー。

来年にはここを抜け出していたいなぁ。就職を決めるときに、結局、自分のやりたいことを貫く覚悟ができなかったから、何となく、今こうして、中途半端な自分になってしまったと思う。選ぶって、難しい。

小説とか漫画とかのように、なかなか格好良く夢も追えない。

愚痴っぽくなりましたね。明日からまた頑張ろう。

2007年9月15日

書き言葉、話し言葉

最近、FF?をやっています。ゲームです。古い話題で申し訳ない。ゲームは面白いです。背景のグラフィックがすごく綺麗ですねぇ。ただ、一つ、主人公くんの「〜っす」というしゃべり方が、非常に気になる。いつの時代の漫画の人なのか。自然に聞こえればいいのだけれど、すごく、言い慣れていない感じにしゃべるので、とても気になってしまう。
たぶん、声がつかなければ、そんなに気にならないのではないか、と思う。たとえば、洋画の吹き替えと字幕では訳が違う。元の台詞の長さとか、口の動きとかに合わせていることもあると思うが、それなら、吹き替えの訳で統一すれば、一度の翻訳で済む。そうしない、ということは、吹き替えの訳をそのまま字幕にしても、おかしくなる、ということだろう。確かに、違和感がありそう。
文字も、声も、言葉を伝える媒体だけれど、それぞれに似合った表現の仕方があるのだなぁ。それなら私はどうやって表現していこう、とか思った。

2007年8月28日

何を書くべき?

特に更新をしていないときに、ここに何を書くか、ということを悩んでいる。書きたいことがないのなら、わざわざ書くこともないような気がしないでもないけれど、何か良いアイディアがないかなぁ、と考えている。日々、新しいことをしていきたいし、楽しいことを探していきたい。何かないかなぁ。何をしようかなぁ。言葉で何か、遊びたいな。
書いて楽しいもの、読んで楽しいもの、何だろう。むむむ、思いつかない。ちょっと考えておきます。

2007年8月15日

書評とか

HPに、『工房資料室』と題して、書評の部屋? みたいなものを設けているけれど、書評というのはあまり好きになれない。今日もうっかり、好きな本の書評をネットで読んでしまって、全然違うよ! と一人で叫んでいた(誇張表現)。素人が書いた書評ではなくて、新聞の書評欄ですよ。あらすじを拾っただけで、全然その小説を理解していない。要約のテストじゃないんだから。わたしなら、もっと上手く書けるのに(はったり50%)。大切な作品だったから、余計に腹立たしかった。

まあ、感じ方は人それぞれだし、感じる場所も異なってくるのは当然だ。そこに正しいとか間違いなんて、ないのだけれど。でも、簡単にあらすじを拾って、紋切り型の感想をとってつけるような書評はひどいと思う。何も、美辞麗句を連ねろ、というのではなく、素直に感じたことを書いてほしい。それがもし、わたしの理解と違っても、前者のような書評に感じた腹立たしさは感じないと思う。何というか、それが一つの作品に対する礼儀だと思う。仕事としてその作品に対するなら尚更。

わたしが好きじゃないと言いながら、自分でHPに書評? のページを設けてしまったのは、一冊の本を読んで感じたものを、言葉にしたい誘惑に負けてしまったからです。

2007年7月 7日

検索サイト登録見送り

考えて考えて、結局今の段階での登録は見送ることにした。
と、いうのも、私自身、あまりネットで小説を読もうと思わない。素人の小説を好んで読もうとする人のほうが、奇特だと思う。そういう点では、2次小説は強いな、という印象。
では、読まれるためにはどうしたらいいのだろう。何か、書きながら、別にはしっこで細々と地味に活動していたらいいじゃないか、という気もしてきたけれど。

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2007年7月 4日

まだまだ悩む検索サイト

そんなに悩むことではないのかもしれないけれど、自分の作品を公開する、というのは、やっぱり緊張する。サイトの登録より、作品の登録をする検索サイトがわりと多いので、とりあえず今ある短編を2本、登録してみようかな、とは思うものの、なかなか踏み切れない。今週末までには、覚悟を決めよう。

長編はちまちまUPしていこうかな、と思っている。更新を頻繁にして、活動していますよ、というアピールが目的。なので、第一話の?は、予告よりも早く、来週末のUPを目指して、鋭意、執筆中。

2007年6月26日

文体について

小説を読むとき、わりと気になるのが文体だ。それが、小説全体の雰囲気に通じるので、書くときにも気にしたいと思っている。けれども、これがなかなか上手くいかない。書き始めは特に。
なので、小説を書き始める前に、イメージに近い小説を斜め読みしたりする。そうして、その文体の空気があるところまで、自分を持っていく。まあ、偉そうに言ってみても、なかなか思うようには表現できていないのだけれど。先は長いということです。