君とChristmas Dinner
12月25日。
「今日、クリスマスなんだよ。知ってた?」
コーヒーカップを両手に包んで、わたしは彼に聞いてみた。別に、何も期待なんてしていない。ちょっと聞いてみたかっただけなのだ。
「ふうん」彼は読んでいる新聞から目を上げもしない。「君がキリスト教徒とは知らなかった」
気の利いた台詞を言ったつもりなんだ。ちっとも面白くないよー、だ。ちぇっ。それより、朝ごはんを食べながら新聞を読むのは止めてほしいな。おじさんっぽいもの。
「駅前に新しく出来たレストランがね、すごく評判が良くってね、クリスマスのお客さんには、サンタさんのかわいい指人形をくれるんだって」
一応、念のため、万が一ってこともあるし、言ってみる。
「指人形?」彼は新聞をたたみながら、怪訝そうな顔をした。あ、前髪に寝癖を発見。「そんなもの、もらってどうするんだ」
可愛くない。もう、寝癖なんて教えてあげない。会社でみんなに笑われればいいんだ。
「・・・・・・前髪、寝癖立ってるよ」
はあ。わたしってば良い人なんだから。


いってきます、とドアを開ける呪文みたいにぼそっと言って、彼は仕事に行っちゃった。いいんだよ、別に。彼はそういう人なんだ。わかってるとも。
でもさ、テレビのCMみたいな恋人同士のクリスマスに憧れちゃう乙女の気持ちもわかってくれてもいいよね。乙女って、そんな柄じゃないか。自分突っ込み。うう、虚しいー。
よし、決めた。今日はご馳走にしよう。切り替えが早いのは、わたしの長所。何て。本当は彼とレストランでお洒落に食事、なんて叶わない夢とわかっていたから、ばっちり食材は用意してあるのだ。
「作って、作って、作るぞー」
帰ってきた彼がびっくり仰天、たまげるくらい豪華なご馳走を作ってやるんだから。見てらっしゃい。
「まずは、ケーキね」
クリスマスケーキといえば、ブッシュ・ド・ノエルでしょう。薪に見立てたロールケーキ。フランスのケーキだよね、確か。名前もフランス語っぽいし。ボンジュール。
さてさて、マダム。エプロンの準備はよろしいかな。バンダナも巻いてぬかりはなくってよ。って、どんなキャラよ。まあ、楽しくやろうじゃないの。ロールケーキから作らなくっちゃね。
取り出したるは、市販のケーキミックス。
卵と牛乳とを混ぜまして、温めたフライパンで焼きます。弱火で約6分。
そうだ、ラジオでも聴きながら作ろう。ラジカセのスイッチオン。ああ、やっぱり流れてきた。クリスマスソング。もう聞き飽きたんだけど、ほら、雰囲気って大事だし、料理の隠し味、というわけだよ。誰に言い訳してるんだろう。
おっといけない。スポンジが焦げてしまう。よっこいしょっと、フライ返しでひっくり返す。ほんのり甘い匂い。うん、いい感じ。1分くらい焼いて、スポンジは完成。
「生クリーム、生クリーム」
るんたった、と甘いリズムに合わせて冷蔵庫から紙パックの生クリームを取り出す。うふふ、何だか楽しくなってきたぞ。泡だて器、泡だて器。砂糖、砂糖。ココアパウダーは熱湯で溶いて。
ねえねえ、ちょっとわたしってば女の子みたい。いや、女ですとも、生物学的に言えばね。でも、ほら、何かね、ドラマとか漫画の中の女の子みたいってこと。鼻歌うたって、ケーキ作っちゃったりしてさ。おっかしーの。あ、やば、生クリームがふっとんだ。
さあ、できましたよ、甘さ控えめココアクリームでござい。これをさきほどのスポンジにぬって、くるくると巻くのでございますよ。さすがに、売っている、ロールケーキ、みたく、きれいに、巻けません、な。巻けたなら、ラップで包んでちょっと放置。うーん。ちょっと不恰好? まあ、それが手作りの味ですから。
うん、一息入れましょう。インスタントコーヒーを淹れて、リビングに移動。動いていたから気にならなかったけど、今日はけっこう冷え込んでる。ホワイトクリスマスにならないかな、と空を見上げてみたけれど、ちっとも全然、いい天気だった。そんなものよね、人生なんて。人の世のことなんて、お天道様は気にかけていらんないよってこと。そりゃそうだ。
何か、想像しちゃった。豆粒みたいなわたしたち。神さまのために歌ったり、プレゼントを心待ちにしていたり、恋人のために料理をしたり。微笑ましいよね、何だか。
聖夜、とか慎ましい気持ちには程遠いけれど、祈りたい気持ち。君たちに幸あれ!
よし、ケーキの続きだ。
ラップを外して、片端を切ります。切ったやつは上にのっけて、幹のこぶのイメージ。ココアクリームをたっぷりぬって、チョコレートソースで幹を描いて、粉砂糖をふったら出来上がり。生クリームのおまけについていたヒイラギのおもちゃも付けよう。うん、われながらなかなかの出来ではないですか。
この調子でどんどん作りますことよ。
「じゃがいもー」
じゃじゃじゃじゃん。これでスープとサラダを作るのです。ちなみに、わたしはじゃがいもは男爵派。だって、響きが素敵だもの。男爵。じゃがいも男爵。
奥様、皮むき器をどうぞ。あら、ありがとうございます。おほほほほ。
皮をむいたら、鍋でたっぷり茹でましょう。その間に、玉ねぎを切って(スープ用)、キュウリを切って(サラダ用)、レタスをちぎって(サラダ用)。冷凍コーンがあったなぁ。あれもサラダに入れようっと。
茹で上がったじゃがいもは、サラダ用はつぶして塩胡椒マヨネーズ。キュウリとコーンをほいほいっと混ぜて、レタスを敷いたお皿に盛れば完成。スープ用は、玉ねぎと一緒にバターで炒めます。いい匂い。そういえば、お腹が減ったなぁ。そろそろお昼ご飯だよなぁ。
玉ねぎに火が通ったら、小麦粉を加えて、炒めます炒めます。なんちゃってクラムチャウダー風。牛乳をすこしずつ加えて、炒めます炒めます、だんだん煮てます? とろみがついてきたら、砂糖醤油塩胡椒で味を調えます。漢字でつなげると中国語みたい。クラムチャイナー。イマイチかな。生クリームを加えて、スープも完成。器に盛るときに、パセリを忘れないようにしないとね。よく忘れるんだよ、これが。
チャッチャラチャチャララ、チャチャラー。お料理教室、午前の部はこのくらいにしておこう。お腹空いたしー。お昼にしよう。どこか外へ食べに行こうかな。天気もいいし。


寒い寒い寒いっ。
外に出たら、氷みたいな空気が頬を刺した。冬だねぇ。なぁんて、しみじみと、空に向かって白い息を吐く。屋根や電線の向こうにのぞく透明な空に、雪より儚く融けて消えた。彼も今、お昼休みだろうな。同じ空の下、彼も白い息を吐いているのだろうか。なぁんて、ね。
平日だというのに、駅前は休日と変わらない賑わいを見せていた。並木を飾ったイルミネーションが、さらに派手派手しく場を盛り上げている。
きらきら、きらきら。
手をつないで歩く恋人たち。
笑いさざめく女の子たち。
大きなケーキの箱を抱えた親子連れ。
きらきら、きらきら。
何だか、幸せ。スキップとかしたくなっちゃうような気持ち。変な人に思われるからしないけど。会いたいなぁ。くぅ。悔しいけど、今すぐ飛んでいって、抱きついて、キスしたいくらい。しないけど。
雰囲気に乗せられているなぁ。だいたい、乗せられやすいんだ、わたしは。楽しいことは思いっきり楽しんで、悲しいことは思いっきり悲しんで。ありきたりだけど、これ、わたしのモットー。自分の感情、感性に疎くなったら、生きているのか死んでいるのかも分からなくなってしまうもの。
微妙に話が逸れたけど、まあ、とにかく、自分で楽しむ方法を知っておくと人生お得ですよ奥様、って下手なセールスマンかってんだ。
喫茶店で軽く昼食を済ませて、イルミネーションを背中にさっさと帰宅した。あんまり長いこと一人でいると、切なくなってきそうで。クリスマスソングも切ない曲が多いよねぇ。


お腹も満ちたことですし、第2弾、行ってみよう。いや、どこかに行くわけではないけどさ。
挑戦するのはミートパイ。イギリスでクリスマスに食べるミンスミートパイは、ドライフルーツにスパイス、牛脂を洋酒に漬け込んだものをパイにしているのだけれど、日本人の味覚では理解しがたい味なので、ミンチミートパイ、ということで。ハーイ、ナイストゥミートユー。言うと思った。それはさすがに寒いでしょ。
まずはオーブンをあたためておかなきゃね。設定は200℃。
さあ、またまた出番ですよ、玉ねぎさん。今宵は大活躍ですねぇ、玉ねぎさん。いやぁ、いつものことですよ、HAHAHA〜。みじん切りをいっちょ、お願いします。お安い御用ですよ、HAHAHA〜。もう、自分で意味が分からない。HAHAHA〜。
あとはしめじをほぐして適当に切って、サラダ油で炒めておきますよ。ミンチは奮発して牛を使用。調味料を入れてよく練りますです。炒めた玉ねぎとしめじも入れて練り練り。
パイ皿用意! ラジャ。パイシート構え! ラジャ。ミンチ、発射! ラジャ。真ん中が少し高くなるように、敷きつめます。上にかぶせるもう一枚のパイシートは、型抜きをしますです。わたしは星の型抜きを使用しましたですよ。この口調はちょっと疲れるですますございいまそがり。
上にかぶせたパイシートはパイ皿からはみ出たところを切り落とします。あとは、表面にてかてかと溶き卵をぬって、あたためておいたオーブンで30分。さあ、できあがりの品がこちらに。と、いうわけにはいかないね。洗い物をして、掃除機でもかけようかな。
今日は、何時ごろに帰ってくるのかなぁ。そんなに遅くはならないよね。急に残業になった、とか電話がきたらどうしよう。蝋燭一本灯した部屋で、陰気に待ちくたびれるんだ。いやいや、今日に限って、まさか、そんな、ねぇ。
もっと良いことを考えよう。テーブルに並んだご馳走。びっくりした彼の顔。ふふ。びっくりするよねぇ。腰をぬかしちゃったらどうしよう。きっと、わたしのこと惚れ直すに違いないわ。僕は世界で一番素晴らしい妻をもって幸せだ、とか。えへへー。
そうだ、クラッカーがあったはず。ただいま、て帰ってきた彼をパーン、と景気よく驚かそう。ああ、彼の仰天する顔が目に浮かぶ。うっとり。
いい匂い、いい匂い。パイが綺麗に焼けました。はあ、おいしそう。つい味見がしたくなっちゃうけど、我慢。
さて、あとは何を作ろうかな。メインのローストチキンにとりかかるのはまだ早いし、もう一品くらい。冷凍のシーフードミックスがあったな。あれで、シーフードピラフにしよう。
シーフード、シーフード。うーん、何もネタが思いつかないな。海風・ド・ピラフ(冷凍仕立て)。
お米はといで、水とブイヨンと塩胡椒をして炊飯器へGO。フライパンにバターを溶かして、にんにくを炒めます。食欲をそそる匂い。しめじと冷凍シーフードをいれて、さらに炒める。白ワイン、塩胡椒を加えて、軽く煮詰めます。料理にワインとか使っちゃうと、何だかそれだけで上品な気分になっちゃうな。和食を作るときは割烹着を着たおふくろさん気分になるよね。中華を作るときはちょっとお腹の出た強火の料理人。イタリアンを作るときは、背と鼻が高いコックさん。コックはオランダ語らしいけど。フレンチを作るときは・・・・・・嘘です、作ったことないです。
シーフードはいい感じ。これを炊飯器のお米と混ぜて、炊飯ボタンを押して、あとは炊けるのを待つだけさ。ばっちり。
ちょっと作りすぎかなぁ。二人で食べる量じゃないよね。でも、たくさん作るのって清々しい。普段の食事は出来合いのものを買って済ませちゃうことも多いし、たまに作ると、料理っていいなぁって思う。今日だって、どんなにくだらないことを考えたことか! こういう時間がなかなか取れないんだよね。忙しいって、簡単に口にするのは嫌いだけれど、何か急かされて焦らされて、追い立てられるような日常で、常に何かをしていなければ落ち着かない。時間を無駄にしちゃいけない、という意識がどこかでずっと働いている。
10年先、20年先を見ないで、今日明日のことしか見ていないから、焦っちゃうんだろうなぁ。世間が、そういう流れなんだ。そういう雰囲気に流されやすいから、わたしは。
料理はそうして狂わされたリズムを自分に取り戻させると思う。仕事で疲れると、ついレトルトとか出来合いのもので済ませちゃうけど、疲れているときこそ、料理をしたほうがいいんだな。わかっちゃいるけど、何とやら。言葉は常に自分に返ってくる。
ではでは、ついにメインのローストチキンに取りかかりましょう。
もう刷り込みだよね。クリスマスにローストチキン。白いお髭のおじさんの陰謀なんだ。きっと夜中にこっそり動いて、全国からぞろぞろ集まった笑顔のおじさんたちが陰謀を画策しているのに違いない。ホラーな法螺話。聞き流しましょう。
普段は絶対買わないような、立派な鶏のもも肉。洗って水気をきって、切れ目を入れます。酒と醤油とみりんの和風なたれを鶏肉の両面にもみこんで20分くらいおいておきます。
その間につけ合わせ。じゃがいもはよく洗って、皮つきのまま4等分に切って、オリーブオイルをからめる。ブロッコリーは小房に分けてゆでておきます。プチトマトがあると、彩りが綺麗なんだけど、彼がトマトが嫌いなので、まあ、勘弁してあげましょう。
オーブンは180℃。天板にオーブンシートを敷いて、水気をきった鶏肉を皮目を上にのせて、オリーブオイルをぬります。周りにじゃがいもをならべて、20分から30分焼いたら出来上がり。


クラムチャウダー風スープ。
ポテトサラダ。
シーフードピラフ。
ミートパイ。
ローストチキン。
ブッシュ・ド・ノエル。
もちろん、シャンメリーは冷蔵庫で冷やしてある。
食事の準備はばっちり。クラッカーを構えて、あとは彼の帰りを待つばかり。早く、帰ってこないかな。
どんな顔をするかしら。
何てコメントするかしら。
驚くよね。
ねえ、でも、喜んでくれる?
静かになった部屋に、急に電子音。電話の音だ。
彼から。何だろう。え、もしかして・・・・・・。
「はい、もしもし」
少し、声が乾いてしまう。
「ああ」
彼の声。外からかけているみたい。後ろから遠い街の音が聞こえてくる。
「なあに、どうしたの?」
いつもなら、ここで「今日は残業?」と続けるところだ。
「うん」
ああ、とか、うん、とかじゃあわかりません。歯切れが悪いな。彼らしくない。
「残業なの?」
煙突からダイブするような気持ちで、尋ねた。気持ち、煤で真っ黒。
「いや、そうじゃない」
急にきっぱりと彼が言った。え、そうなの?
「じゃあ、何?」
「ああ」
埒があかない。
「急に出張になった」
わたしは当てずっぽうに言ってみる。
「違う」
「急病で入院している」
「違う」
「迷子になった」
「・・・・・・違う」
「離婚しよう」
「何を言っているんだ、君は」
呆れた彼が、ため息をつくのがすぐ耳元で聞こえた。
「じゃあ、一体何なの?」
「クリスマス、なんだろう、今日は」
「そうですね」
だから、貴方のためにたっくさん料理を作って、首を長ーくして帰りを待っているのよ。
「君が、今朝、言ったじゃないか」
「何を?」
何を言ったっけ? 朝の記憶を巻き戻す。
「駅前のレストランに行きたい、と」
「ああ!」
そう言えば、そんなことを言ったかもしれない。待って、この話の流れって。
「席を予約した」
「うそ」
「嘘をついてどうする」
「ひどいわ、そんなの」
だって、だって、だって、そうでしょう?
「とにかく、早く帰ってきて!」
「レストランで待ち合わせたらいいだろう」
「駄目なの! レストランはもういいの。早く帰ってきて!」
「君がレストランに行きたいと言ったから、せっかく予約をして」
「そうだけど! いいから、早く家に帰ってきて」
不承不承彼は承知して、電話を切った。
もう、馬鹿ー。
ぶすっとした顔で帰宅した彼を、同じくぶすっとした顔でクラッカーで出迎えた。
「クリスマスプレゼント」
そう言って、彼はわたしの手の中に、サンタの指人形を落とした。ずるい。わたしが先に喜ばせたかったのに。
メリークリスマス。
幸せな食卓を。

